月夜見 “日々是好日”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより
  


        



 日頃あんまり頭を使わない人間が、
 珍しく考えごとをするとロクなことにならないって言うだろ?

 え? 前の章でもそんな言い回しが出て来た? ルフィ親分が言ってた? うわ、一応は覚えてたんだな。いや、俺らを追い回しというか使い走りになさってる、同心のゲンゾウの旦那が時々下さるお説教の中で、渋いお顔をなさりつつ しょっちゅう言ってらしたのがそれでさ。ウチの親分は あんまり周到じゃあないというか、本能の人みたいなとこがあるんで。後先考えないで突っ走って、突拍子もないことしでかしちゃあ、もっとよく考えて行動しろって叱られてるんだよな。でもさ、実績って言うのかな、結局はそれでよかった間に合ったって場合が結構多い。ウチの藩はまだマシな方だって聞いてるが、そんでもなくならないのが、悪徳商人や地回りと、役付きのお武家様との真っ当じゃあないコネとか癒着とかで。普通の捕り物じゃあ問題ないはずの手順を踏んでいても、おいらたち下々にゃあよく判らない、利権とか派閥みたいなつながりとかの関わりが思わぬトコから降って来て、そういうとっからの強引な横槍が入ったりすることがある。判りやすく言やぁ“何でワシの懇意にしている誰某を怪しんでおるか”とか怒鳴られて、思うように動けなくなるときも結構あるんだけれど。親分はそういうややこしいものに、惑わされないし怯まない。いや、まあ、そういうのを無視すっと、思わぬところで善人の偉い人とかがキツイ目に遭いもするんだろけど、そういうときの肩書や権力なんだろうから、そっちはそっちで頑張ってもらやいいんだってことで……いやいやそこまでも考えてないかもだな。
そんでも、一番 力がなくてどうしようもない人が一番の犠牲になってどうするかってゆ、大事なことを見落とさないのは、俺も惚れ惚れと自慢にしているところだしよ。巻き添え食うのは毎回災難だが、そんでも最後にゃあ きっちりカタぁつけちまう親分だから、縁を切りたいとまでは思わねぇんだな、これが。第一、俺がいなけりゃ何にも出来ねぇ、困ったお人でもあるからよ。しっかりしてほしいもんだぜ、まったくよぉ♪




        ◇◇◇



 グランド・ジパングは、春夏秋冬 四つの季節がほぼ均等に次々巡り、特に暑すぎもせず寒すぎもせずという、概ね穏やかな気候の土地であり。そんなせいだろか、気候によるとんでもない苦労がないのと同じほど、特に飛び抜けた名物もない。ただ、そういう土地ならではなお楽しみに、四季それぞれの花や風情が堪能出来るというのがあって。寒さに縮こまる冬を越えると、お待ち兼ねの春が来て、さあと最初の花が咲く。

  ―― 雪割草に椿に臘梅
(ロウバイ)、辛夷(コブシ)に木蓮、沈丁花。

 草木取り混ぜて可憐な花々が咲いてゆく中、殊に人々からの覚えめでたき花といや、梅に桜に桃という三樹。中でも、寒さに耐えて咲く健気さを、古くから歌にも詠まれる梅の開花は、盛春の象徴、桜の華やかさを待つ身には、そりゃあ嬉しい春の訪のい。いえいえ、佇まいといい香りといい、桜に劣らぬ豪奢なものもあるようで、例えば、ここグランド・ジパングでは、シモツキ神社の枝垂れ梅。樹齢もあるせいか そりゃあ立派な大樹で、上から下へ柳もかくやと垂れた枝にみっちりと八重の白梅がたわわに開く。すだれのように、のれんのように幾重にも重なる枝々が、まだ少し冷たいがそれでも優しい春先の風になぶられて揺れる様は、視線を吸い込まれるような心地する、何とも言えない幽玄の世界。いつまでも見飽きぬ見事さから、それを愛でてのお祭りが催されているほどだ。

 “まあ、梅を愛でる祭りってのは、口実になりつつあっけどな。”

 そんな言いようは極端だけれど、他の梅もたくさん植わっているその上、枝垂れ梅は一番人気なので、祭りの間こそ見物人も多く押し寄せるため。ゆっくり堪能したいからと、そこを外した早い時期や遅い時期に観に来る人も少なくはなく。そんなこんなで、祭りと銘打たれた賑わいは、梅の花以外のことででも人を集めての春の栄え。年々歳々、その賑わいを増している。

 『殊に、祭りを追いかけて様々な土地を巡る人々の出入りも、
  激しくなるのがそういう時期だよってな。』

 露店を出す人や、季節ものを扱う行商人。はたまた大道芸を披露する芸人に、暦や星を占い、祈祷を商う筋の人々などで。何もそういう人達全部がいかがわしいというのじゃないが、例えば僧侶や神職は手形要らずで関所を通れる。大所帯の芸人一座も、お寺社へ呼ばれての興業という移動だった場合、それなりの証書を代表格が持っておれば、寺社奉行扱いとなるからとあまり詮索されない場合もあって。そんなこんなは身元を誤魔化して紛れ込むには格好と、知略や力づくなどなど使い、もぐり込む輩も後絶たぬ。それでという警戒警邏、神社の周縁から境内から、岡っ引きやら自警団やら、日替わりの交代制にて揉め事は起こらぬか、スリや置き引きが闊歩せぬかと、きっちり見回るお勤めが、先の節句から始まってようよう十日。梅は桜と違い、次から次に咲いて一月は保つが、それでも盛りはそう長くないからと。お彼岸の前後には幕を下ろすのが倣い。今年は今週一杯で、一応の催し扱いを終えることとなっており。前半はひどい寒さがぶり返したが、打って変わっての今週は、天気も良ければ暖かくもあり。そんないいお日和の中を、家族連れやら、娘同士が連れ合ってのお出ましやらで、昼間の境内は穏やかな賑わいに沸いていて。
「桜の花見だと、酒も回った困ったクチがどうしたって出歩くが。梅見はそういうのが少ないのが助かるな。」
 今日はたまたま、ゲンゾウの親分も出張っての見回りで。露店の縁台に並んだ縁起物やら玩具やら、幼い子供が眸をきらきらさせて見ていたり。そうかと思や、子供相手だろうくじ引き当てもの、子供の前だからか妙にムキになってる父親に、周囲の見物が微笑ましいと笑ったり。どこからか聞こえるお囃子を背景に、そんなほのぼのした喧噪が満ちる雑踏は、まだ陽が高いせいもあってか、さほどに込み合ってもおらず。よって、同心の旦那も呑気な感慨を零してにこにこと微笑っておいで。はあ さいですねと、こっちものほほんと微笑って返したけれど、

 「? どうしたい、ウソップ?」
 「は? なななな、なんでしょか。」

 ほらそれだ、と。トレードマークの風車を懐ろに差したゲンゾウの旦那、どこか怪訝そうな顔になり、付き従ってた下っ引きの青年のひょろ長い身の上へ乗っかった、お鼻の長いお顔を見上げる。
「今朝から何か妙に肩に力が入ってないか? お前。」
「いやいやいや、そんなこたぁありません。」
 いやに棒読みの応対をする彼であり、そこもまた不審といや不審。この同心の旦那は職務には実直誠実で生真面目だが、人への接し方は割とざっかけない気さくなお人。そんな彼の下にて働いているのも、昨日や今日からという仲じゃなし、そういう気心だって知れているのだ、今更しゃちほこ張るほど緊張するのはおかしい。
「それに、今の驚きようは何なんだ。」
「突然の指摘じゃあ誰でも慌てましょうよ。」
 そうか?と、ゲンゾウの旦那が腑に落ちない顔をしたのも無理はなく。確かに昔っからの彼はどこか臆病な男ではあったれど、直接引き回されているルフィのやらかす…あまりにとんでもない行動言動の影響か、この青年もあまり動じない性分になって来つつあるはずで。

 “どう考えたって、
  何か…疚しいとか後ろ暗いとかいう隠しごとがあるって反応じゃねぇか。”

 ホラは吹くけど根は正直な男だ、隠しごとは下手だよなとの見識も新たに、
「まあ、何を隠してやがるかは知らねぇが、お勤めに差し支えねぇことなら構いはしねぇよ。」
 大きな厄介ごとを抱えてるとか企んでるとか、そういう匂いはしないから。
「困りごとならいつでも相談しな。」
 金の無心は聞けねぇが、これでも知恵やら蓄積はお前らよりはあらぁ。いつだって貸してやるからよ…と、なかなか頼もしいお言いようをし、社務所に寄って宮司へ挨拶して来るわと、さっさと先へ行ってしまわれる。豪気な解釈して下さったことへ、はぁ〜〜〜っと大きく息をつき、胸を撫で下ろしたウソップで。

 “…ったくよぉ。
  これじゃあまるで、俺が何か疚しいこと抱えてるみたいじゃねぇか。”

 さぁあ きりきり白状しなと、吊るし上げでも食ったらどうしよかとばかりを案じててのそれで、何だか様子がおかしかったウソップであり。というのも、

 “問題があるのは親分の方だってのによぉ〜〜〜。”

 だそうですよ、奥様。
(こらこら) はぁあという遺る瀬ない溜息をつきつつ、歩調もとぽとぽと緩んだまんま、それでも歩き始めたウソップが、思い出していたのはここ数日の麦ワラの親分の不可解な様子。境内の見回りの間中、妙に黙り込んだり考えごとに沈んだり。日頃はそりゃあ判りやすいほどご陽気なばかりの彼とは思えぬ、沈思黙考を匂わすような態度をたびたび見かけたのが発端で。あんまり考えごとは得意じゃあない、すぐさま行動に出るのが身上のルフィではなかったか? 判らないことがありゃあ場をわきまえずの大声で訊いたりもするので、場合によっちゃあ周囲の者が恥ずかしいなんてのも、今更な話となって久しいくらい。一体どうしたんですかいと直接訊いても、今さっきまでのウソップじゃあないが“何でもないない”と慌てて誤魔化すが、

 “ここの見回りのときが一番、様子が訝しいんだよなぁ。”

 当然のことながら市中の見回りもこなしており、その間はまだマシな方なのだけれど、こちらへの警邏を始めると、途端に何だか様子がおかしい。何かを探して落ち着きがなくなるとか、キョロキョロしだすとかいうんじゃあなくて、先にも挙げたが 何かしらを“う〜んう〜ん”と考え込んでいるらしく。それが特に顕著となるのが、社務所に近づくにつれてだ…というところまでは何とか判って来たウソップで。それを見回さなきゃいけない雑踏の中で、なのに何かしら考え込み始める親分さんは、観る方にもやる方にも慣れがないせいか、子供が一丁前に大人の真似でもするよに見える覚束なさで、鹿爪らしいお顔をして見せて。ともすりゃ上の空になったまま、それでも体が覚えていての破綻なく、トコトコと境内を一回りし、枝垂れ梅の植わっている社務所のあるほうへと向かってく。日頃もおみくじを売るための小窓があったりする、長屋のように横長な棟が伸びている社務所前には、いい日和の中、陽に照らされた大ぶりの梅の樹が今年も見事な満開を迎えていて。厚みのある純白の花が幾つも幾つもまといついた枝々が、ふさりわさりと揺れながら、甘酸っぱくも芳しい、そりゃあいい匂いを辺りへと漂わせており。

 “……お。”

 そんな枝垂れ梅を取り囲むようにして見やる見物の中、雑踏という垣根に阻まれた遠目ながらも、何とはなしに見やったウソップが捉まえたのは。不審なことをしているお陰で心痛めてるその対象、赤い格子柄の着物もお馴染みな、麦ワラの親分の姿じゃああ〜りませんか。
“まったく。”
 今はまだお休みという順番帯のルフィだから、どこで何をしていようと構わないのではあるけれど。そんな間合いこそ、梅をしっかり愛でようなんて、殊勝なことを思う柄じゃあないだろに。それに、

 “あ…。”

 ウソップが気になって仕方がないのは、樹から離れつつ、親分が懐ろから何かを取り出したから。立ち去る格好で後ろ向きになってしまってたので手元は見えにくいのだが、ここ数日そうであるのと同じなら、手擦れしまくっててぼろぼろになりかけの、何かの見取り図に違いなく。

 『それって何です?』

 何だか様子がおかしいと気づいての直接訊いた折、手に持ってたのがそれであり。何でもないとササッと隠したのが、却って更なる懸念を煽ってしまったようなもの。それに、図面には縁も多いウソップなので、素人よりも把握は素早くて。

 “ありゃあやっぱり、図面というよりゃ見取り図だったような。”

 何か機械や細工の図面というよりも、家や敷地内のあれこれの配置を示した“見取り図”という感じの大雑把な書き付けだったような気がし、それを何だろう何だろうと気にしていたところへ、耳に入ったのが、

 『そうそう。親分さん、シモツキ神社は大丈夫なの?』
 『ああ? 何がだ?』

 昼飯を食べにと立ち寄った“かざぐるま”で女将のナミが訊いて来たのが、

 『賽銭泥棒よ、何でもあちこちが荒らされてるって言うじゃない。』
 『賽銭…泥棒?』

 どっこも不景気だからかしらね、神様へのお供えの最たるものへまで手をつける人間が現れようだなんてね。何でも、人気のなくなる夜更けやなにかに、こっそり賽銭箱へと近づいてって、棒の先に貼りつけた鳥餅でくっつけて引き上げたり、極端なのだと壊したりして、小銭をちょろまかす輩がいるんですって…と話したところが、

  ――― かしゃん、と

 出された瀬戸物の湯飲みを取り落としていた親分であり。あらあらどうしたのよ、そんな大それた奴、予想だにしなかった? 慌てて割れてしまった湯飲みを拾う親分へ、ナミは殊勝なことねぇと笑っていたが、

 “そんなもんでそこまで驚く親分だろうか。”

 だってよ、あのブルックっていう骸骨がかかわった一件でも、ああまで肝の座ってたお人だぜ? 死人もお化けも平気だってのに、何を今更怖がろうか。どんな悪党へも怯まないワケだよなぁなんて、チョッパー先生と呆れ半分 笑っちまったほどだのに、そんなお人が……見るからにうろたえた。ってことは、もしかしてもしかしたら?

 “いやそんな。いやまさか。”

 だってよ、お上から十手を預かる身の上だぜ? その勇名も広く知れ渡った、麦ワラのルフィがそんな、賽銭泥棒なんてセコい真似、しようはずがあるもんか。

 “そりゃあ、あんまり駄賃ももらえはしねぇし。”

 俺らは正式な役人じゃあないから、ゲンゾウの親分が個人的に出してくれてる給金で雇われているようなもの。なので、昇給だの何だのという旨みはあんまりない。お手柄立てりゃあご褒美ももらえるが、あの大喰らいの親分じゃあ幾らあっても追っつかなくて、素寒貧でいるのが常。それにだ、たとえ手持ちがあったとしても、困ってる人を見かければ後先考えず財布をはたいてしまうから、やっぱり金には縁がない。金に関心があるお人じゃあないけれど、それだって困ってなけりゃあの話だろう。あんな風に柄じゃあない沈思黙考しておいでで、しかも…賑わい見せてるシモツキ神社でってのが何だかいやな予感になっててしょうがない。湯飲みを落とすほどうろたえたのは、疚しい心当たりがあったから? うわあどうしよ、俺ってば妙なことに気づいちまった。もしかしてあの図面は、本堂前にある賽銭箱までの経路とかだとしたら? 時々書き込みしてなさるのは、人の出具合を記録してるとか? 露店は並ぶが夜店まではない。夜桜ならともかく、まだまだ冷える夜中に梅を見にくる者もおるまいと。店は畳まれの、人気もなくなるはずの晩ならと、企み固めていた矢先の図星をつかれたもんだから、それでああまで驚いたとか?

  “どうしよ、どうしよ。親分、頼むから大それたこたぁしないでおくれな。”

 神にも祈る心持ち、何事もないままに収まってくれますようにと、内心で必死にお願いしていたウソップだったが。


 そのお祈りも空しく、大きな騒ぎが起きたのが、丁度 その日の晩のことだった。




BACK /NEXT